カタシロ Replay
🐙Caution🐙
この話は新クトゥルフ神話TRPG / カタシロ - ディズムストア― - BOOTHをプレイした時の内容を基に小説にしたものです。 カタシロのシナリオ内容がほぼすべて含まれておりますので、プレイ予定の方はまたプレイ後にまた来てくれると嬉しいです。
プレイ済の方、あるいは今後の人生でプレイする予定は絶対にない方は、🐙の下へどうぞ↓。
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目が覚めたら、知らない天井だった。体が重い。どうしてここに居るのだろう。思い出そうとしても思い出せない。そもそも自分の名前は何だったか。
ガチャリ、と部屋のドアが開いた。白衣の男が入ってくる。
「やあ、目覚めたかい」
白衣の男がそう声をかけてくる。
「ここは、どこですか」
「病院だよ。キミは雷に打たれてね。急遽ここに入院してもらったんだ」
「かみなりに…?」
「何か覚えているかな」
思い出そうとする。何も思い出せない。自分が直前何をしていたのか、どこを歩いていたのかもだが、どこに住んでいたのかもわからないし、何なら名前も思い出せない。
「思い出せない。名前も」
「名前も、かい…?困ったね、持ち物とかは、持ってなかったんだよね」
何も持たずに外に出ることなんて、あるだろうか。それとも雷に打たれた時に、なんらかの理由で消失、いや、焼失してしまったのだろうか。
「体の方はどうだい。大丈夫そうかい?」
手を動かそうとしてみるが、上手く力が入らない。
「だめそうです」
医者は悲しそうな顔をした。
「そうか…まあ、雷に打たれたわけだからね。しばらく様子を見てみよう。でも、その様子だと頭は大丈夫そうかな?ちょっと、確認のためにも話をしようか」
医者はベッドサイドの椅子に腰かけた。
「そうだな…こんな思考実験がある。囚人Aと、囚人Bがいる。2人とも黙秘すればそれぞれ2年の懲役。2人とも自白すれば、それぞれ5年の懲役。片方だけ自白した場合は、自白した方は釈放され、黙秘した方は10年の懲役を受ける。キミならどうする?」
「雷に打たれた人に起き抜けにするとは思えない難しい問題ですね」
「ハハ、これが考えられるなら、まあ脳としては大丈夫だろうからね」
「体全然動かないのに脳だけ大丈夫でも不安ですけど……」
医者は眉をハの字にした。そんな医者を置き去りにじっくり考えてみる。自白すれば、0年か、5年。しなければ、2年か、10年。それなら答えは、決まりだ。
「答えは決まったかな。せーの、で同時に言ってみようか」
こくり、と頷く。医者がせーの、と言う。
「「自白」」
医者は目を丸くして、尋ねた。
「おや。気が合ったね。どうして、そうしたのかな」
「自白したら、0年か5年。黙秘したら、2年か10年。それなら、0年から5年の方が良いじゃないですか」
「もう1人も黙秘してくれるとは考えないんだね」
「何されるか、わからないですからね」
「そうかそうか。そこまで考えられるなら、脳は大丈夫そうだ。じゃあ、わたしはちょっと他の回診に行ってくるからね。もうしばらく、ゆっくり休んでてくれ」
医者はそう言って部屋を出ていく。体は動かないが、視線は動かせるので自分のまわりを見てみる。入院室…ではなく、手術室、という言葉が似合いそうな部屋だ。よくドラマで見るような強い光が出るライトが置いてある。枕元には97という数字が出ている謎のモニター。そしてもう片方の側には……なぜか工具のようなものがある。置いてある、ということは消毒などの必要がない状態なので、わたしに使ったわけではないだろう。そう思いたい。
そういえば、入院といえば『管やら何やらつながれる』というイメージがあるが、自分には何もつながっていないようだ。普通、手術後は心拍とか血圧とか見るものなのではないのだろうか。
「ねえ!」
そう思索を巡らせていると、どこからか声がした。
「ねえねえ!いるんでしょ!」
幼いこどもの声だ。
「だれ?」
「アキラ!」
「どこにいるの?」
「となりのへや!」
声がする方に目をやる。確かに隣に部屋があるようだ。
「アキラも…入院してるの?」
「うん!事故にあってね、1年くらい入院してる!」
「そっか…」
「でもね!パパがなおしてくれるんだ!」
「アキラのお父さんは、お医者さんなの?」
「うん!今は手も足も動かないし、何も見えないんだけど、パパが必ずなおしてくれるって!」
「そっか。すごいお医者さんなんだね」
「あなたは?なんて名前?」
「それが、何も思い出せなくて」
「そうなの!?でも大丈夫だよ、そこのお部屋の人はちゃんとみんな元気になって退院していくから!」
「わたしの前にも何人か来てたの?」
「うん!でもみんな3日くらいで元気になって退院していくよ!」
入院をしたことがないが、3日くらいで元気になるものなのだろうか。もうちょっとかかるイメージがあるが……状態によるのかもしれない。
「さっき誰かと話してたでしょ!どんな話したの?」
そう言われて、アキラにさきほど医者とした囚人の話をする。子供に上手く説明できるように噛み砕くのが難しかったが、なんとかなったようだ。
「うーん、アキラならいわない!」
「どうして?」
「アキラのトモダチは言わないでいてくれるって信じてるから!」
こどもの底抜けの明るさが眩しい。医者とわたしは、大人になってしまったんだなあ、なんてことを思う。
「アキラはえらいね」
ぽつり、と口から漏れる。
「えへへ、えらい?いつもパパに勉強しろって言われちゃうんだけどね」
「アキラは勉強嫌いなの?」
「うん、嫌い」
「何が好き?」
「ドッジボール!」
「ドッジボールかあ。はやく、ドッジボールができるくらい元気になるといいね」
「うん!」
そんな話をしていたら、眠気に襲われる。目を閉じる寸前、アキラのおやすみ!という声が聞こえた気がした。
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目を覚ますと、視界がおかしかった。昨日は白くて青くて清潔感のある部屋だったのが、今日は赤、黒、緑とドギツい色合いになっている。なんだ、これは。そう思っていると、扉が開く音がした。
「やあ、起きてるかい」
医者の声がするが、その姿は……なんだか黒くて赤い何かになっていた。
「起きてますけど、なんか、目が変です」
「変?どんなふうにだい?」
「黒くて…赤くて…あなたの姿もクリーチャーみたいに見えます」
「何だって?私はいつも通り人間なのだがね」
「人型には見えますけど、人の顔には見えないですね」
「それは……検査をした方が良さそうだねえ。検査の予約をとっておくから、午後に検査しようか」
そう言って医者は何やら持っているタブレット端末の操作をする。
「体の方はどうだい?」
手を動かしてみる。
「昨日より良いです」
腕も上がる。今なら上体を起こせそうだ。上体を起こす。なんだか…慣れた手の動きがあるような気がするが、思い出せない。
「何かこう…カードをシャッフルするような、そんなことを毎日してたような気がするんです」
「カードを?何だろうね。手品師とかかな」
「うーん。ちょっと違う気がするんですけど」
トランプよりも少し大きなカードだった気がする。絵柄のある……何だったか。もう少しで思い出せそうなのだけど、思い出せない。
「思考の方は大丈夫そうかな」
「そうですね。視界は変ですけど」
「それはちゃんと午後検査しよう。じゃあ、今日もちょっと確認のために思考実験をしてみようか」
「仕方ないですね」
「テセウスの船、は知ってるかな」
「おぼろげには」
「有名だからね。キミもどこかで聞いたことがあるのだろう。ざっくり説明すると、テセウスの船と呼ばれる船があるとして、その船の部品を全部取り替えて、最初の船とは何もかも違ってしまった時に、その船はまだテセウスの船と呼べるのか……という話だ。君はどう思う?」
しばらく考える。車では『中身は現代的だけど外見は古い』という車も多い。それならば。
「人々がそれをテセウスの船と呼ぶのであれば、それはテセウスの船であると思います」
「そうか。では、テセウスの船が記憶を持っていたら?テセウスの船自身は、中身は全部変わった自分自身を、テセウスの船だと思うと思うかい?」
記憶を持っていたら。それでも私の答えは変わらない。
「それでも、人々がテセウスの船とそれを呼ぶ以上は、テセウスの船にとっても、己はテセウスの船なのではないでしょうか」
それは、国の人が全員入れ替わっても、その国はその国であるのと同じことだと思う。世代交代によって人が変わり、さまざまな事象によって国土が変わり、土地が変わり、環境が変わっても、それでも他国がその国を「その国」と呼ぶのであれば、それはその国だ。
「キミは、他者がそれを定義づけると考えるのだね」
「そうかもしれません」
「そうか」
医者はしみじみとした声で呟く。顔は相変わらず目がイマイチで見えない。
「さて、君の目のこともあるし、今日ははやめに回診に行ってくるよ」
「お願いしますね」
医者が部屋を出ていく。今日は少し歩き回ることができそうだ。特に絶対安静とは言われていないし、上体を起こしても何も言われなかったから、多少動いても良いだろう。
相変わらず管の類は繋がれていない。昨日見たモニターは97のままだ。棚の書類に手を伸ばす。人の名前と、2つの数値。どれも60だか、16だか、低い数値ばかりだ。人の名前を見て、これは勝手に見てはいけない書類かも、と思ってそっと棚に戻した。 ベッドの横には謎の装置がある。よくわからない装置だが、手をかざしてみると風が噴き出ているようだ。医療用のエアコンかなと思ったが、エアコンは別で天井にある。何の装置だろうか。
「ねえねえ!」
昨日と同じ声がした。
「アキラ?」
「うん!アキラだよ!パパとお話ししてたでしょ!」
「ああ、やっぱりあのお医者さんは、アキラのパパなのね」
「うん!パパはすごいおいしゃさんだからね、あなたもきっとよくなるよ!」
「そうだね。なんか今日、ちょっと目が変な感じではあるのも、なおしてくれるといいんだけど」
「目?どうしたの?」
「なんか、ちょっと色がおかしくて」
「えー!それは大変だね!はやくよくなるといいね!アキラも見えるようになったらゲームしたいなあ」
「アキラはゲームもするんだ。どんなゲームが好き?」
「あのね、車でレースするやつ!」
「ああ、あれか。わたしはやったことないんだよね」
「えっ!?ないの!?アキラが教えるから、元気になったら一緒にやろー!」
「うん、いいよ」
「やったあ!約束だよ!」
「うん。約束」
今日は動きまわったからか、少し眠気が来るのがはやい。 強い眠気に襲われて、ベッドに潜り込む。意識を手放す寸前、また、アキラの「おやすみ!」という声が聞こえた。
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目覚めると、視界が元に戻っていた。よかった〜!あのままなおらなかったらどうしようかと思った。体もだいぶ調子が良い感じがする。これなら退院しても良いのでは?と思ったが、そういえば家の場所も思い出せない。どうしたものか。
ガチャリ、とドアが開く。今日は医者もちゃんと医者にみえる。視界良好だ。
「やあ。気分はどうだい」
「目、なおりました」
「お、よかった」
「いつの間に検査したんですか?」
「キミが寝てる間にね。起こしても全然起きなかったんだよ」
そんなに疲れていたのか。確かに異常な眠気だったことは覚えている。
「それ以外の体調はどうだい?」
上体を起こし、手をぐーぱーぐーぱーする。肩をまわしてみる。首もまわしちゃおう。
「だいぶいいですね」
「よかった。記憶はどうだい?何か思い出せそうかな」
昨日のカードをシャッフルする動きをもう一度してみる。そうだ。ひらめいた。
「タロットカード。だったかも」
「タロットカード?」
「わたしが使ってたものです。タロットカードだったと思うんです」
「おや。そうなのかい。ちょっと待っててね」
そう言って医者は出て行き、5分ほどで戻ってくる。
「はい。どうぞ。たまたま院内にあるのを、この前みかけてね」
タロットカードとは院内にあるものなのか。という疑問はともかく、ちょっとシャッフルしてみる。うん、手に馴染む。
「ちょっと占ってみたらどうだい?」
1枚引いてみる。ペンタクルの10の逆位置。
「これは…ちょっと不安定で、思ってないことが起きるかもしれない…みたいな、感じですね。病院にいるときにこれが出るの、ちょっと不安になりますね」
「ほう。まあ、何かあっても、私が治すから、そこは安心してくれていいよ。良かったら、私のことも占ってみてくれるかな」
「先生のことをですか?いいですよ」
1枚引いてみる。ワンドの女王の逆位置。
「これは…目立ちたいとか、注目されたい、みたいな思いがありませんか?」
「うーん。どうかなあ。そうは思ってないと思うけれど」
「意外との心の奥に閉じ込めてる野心があるかもしれませんよ」
「ハハ、そうかもね。よかったらアキラのことも、占ってくれるかい?」
もう1枚引いてみる。ワンドの3の逆位置だ。どう言ったものか、逡巡する。ワンドの3の逆位置は、物事がうまく進まないとか、そういうニュアンスを指す。相手を不安にさせないよう、少し微笑んで、答えた。
「ゆっくりだけれど、進展する、ということが暗示されています。どうか、焦らずに」
「そうか。そうかそうか。それなら、良かった。さて、今日も1つ、思考実験につきあってくれるかい」
「しょうがないですね」
「ありがとう。今日は臓器くじ、というものなのだが、知ってるかね」
聞き取れなくて、首をかしげる。
「まず、健康な人たちにくじを引いてもらう。そしてくじに当たった人には死んでもらって、臓器を必要としている人たちに移植する。移植した臓器は必ず適合するものとする。キミは、どう思う?」
「中々……難しい問題ですね」
「そうだね。キミがくじにあたったら、どう感じるかな」
しばし考える。移植した臓器は必ず適合する。自分が死ねば複数人が助かる。だけど。
「納得できない、と思います。どうして自分なのかな、って」
「そうだよね。じゃあ、臓器を必要としている人が、自分の大切な人だったら?」
臓器を必要としている人が自分の大切な人だったら。何か思い浮かぶ人がいる気がする。体が大きくて、華やかな……誰だったか。
「わたしは…わたしの大切な人は、誰かの命を踏み台にして、生きたいと思う人間であってほしくないです」
「そうか。人の命を踏み台にしてまで、生きてほしくは、ない、と」
「はい。もちろん、生きてはほしいですけども。そこまでして、生きたいと思う人であっては、欲しくないです」
「そうか、そうかい…。難しいことを聞いて、悪かったね。わたしはそろそろ、回診に行くよ。そのタロットは良かったらそのまま持っておくといい。何か思い出すきっかけになるかもしれないからね」
医者は少し悲しい顔で、部屋を出ていった。わたしの回答に何か思うところが、あったのだろうか。医者が閉じた扉を眺めていると、ねえ!といつもの声がした。
「ねえねえ!だいぶ元気になった?」
「うん。だいぶ元気になったよ」
「じゃあさ、ぼくのへや、あそびにきてよ!」
アキラの声がする方を見ると……扉が開いていた。いつもちゃんと閉じていたはずの、隣室への扉が何故か開いている。隣室はこちらとは異なり、なんだか暗い。 立ち上がって、扉に近寄る。耳をすましても、何の音もしない。アキラは動けないのだから、当然か。
「ねえねえ!はやくきてよー!」
行ってはいけない。そんな予感がする。けれど、その声に背中を押されて、足を踏み出した。薄暗い部屋。ベッドの上に誰かが寝ている。180cmはある。アキラの声や口調からして、小学校低学年だと思っていたのだが。
「ねえ!きてくれた?」
ベッドとは違う方向から声がした。目を疑った。昨日の目だったら多分頭もおかしくなったのだと思っていただろう。いや、今でも目の前の光景が咀嚼できずにいる。どういうことだ。液体で満たされた筒状の容器。上と下は金属製。上からは、受話器がぶら下がっている。そして、液体の中には、脳が入っている。
「ねえねえ!こっちきてくれた?」
受話器から、音がする。
「きた、よ」
返事をする。
「アキラ、ベッドの上にいる?どんな感じ?見えないからさ、教えてよ!」
ベッドの上を見る。記憶がなくてもわかる。これは、自分だ。自分の顔だ。アキラと私は双子だったのか?そんなはずはない。確かな記憶はないけれど、自分は双子ではないという確信はある。それに、目の前の体はあまりに自分に似過ぎているように感じる。そう、まるで、自分をそっくりそのまま、コピーしたかの、ような。背中を駆け上がる不快感。脳に衝撃を受けた感じがする。叫びだしたい。逃げ出したい。恐ろしい。けど、声が出ない。足がすくむ。戸惑い。戸惑い?戸惑いなのか?これは、もっと、恐ろしい、おそろしい、
「ねえねえ!アキラ、どんな感じ?そこに寝てる?」
アキラの声でハッと我に帰る。
「あ、えっと」
「元気そう?ちゃんと1年分成長してる?」
成長している、という次元ではない、が。
「元気そうだし、うん、成長してるよ」
多分、アキラは何もしらない。自分が、どういう状態なのか。ここに、何があるのか。そして、いま、わたしが、どういう状態なのか。アキラには、何も気づかないままで、いてもらったほうがいいのではないか。咄嗟に、そう判断した。
ドアが開く。ゆっくりとした動作で薄暗い部屋に入ってくる医者は、いつもの明るい部屋で見る医者よりも、ずっと疲れているように見えた。
「アキラ。お話ししてたんだね」
「うん!」
「パパ、ちょっと大人のお話しがあるから、寝ててくれるかな」
「わかった!あとでまたお話ししようねー!」
医者は、液体で満たされた容器の上のスイッチを、そっと操作した。
「アキラと、何を話したのかな」
「アキラは、そこで寝てて、元気ですよ、ということを」
「そうか。キミは…どう思う?」
「これは、わたし、ですよね?なんでわたしが、ここにいるんですか?わたしは、何なんですか?」
「それは、本当の、キミの体だよ。今のキミの体は、人形の、体だ」
どういうことだ、全く意味がわからない。
「アキラはね、1年前にひどい事故にあったんだ。体は、ボロボロで…脳だけは、なんとか無事だった。いろんな方法を探す中で、とある方たちに出会ってね。体を作り出す技術と、脳を移植する技術を、教えてもらったんだが…アキラの脳は、長く体から離れているから、人形の体にいれることが、できなかったんだ」
意味がわからない。悪い夢でも見てるのだろうか。ドッキリか?知らない間にSF映画の撮影に巻き込まれているのか?
「単刀直入にいう。キミの体を、もらえないかな」
何を、言ってるんだ。
「今まで、何人かで実験をしたんだ。自分でも実験をした。でも、中々アキラに適合しなくてね。キミは、やっと見つけた、適合率の高い体なんだ」
体を見る。医者を見る。医者と目が合う。憔悴した顔だ。この1年、息子のために、何をしてきたのだろうか、この人は。
「無理にとは言わない。嫌だと言うなら、キミの体は返そう」
「……そうしたら、アキラは」
「また、適合する体探しだね」
「適合する体っていうのは、そんなに見つけづらいものなんですか」
「他に同じ実験をしている人がいないからわからないけれど……10人くらいやって、キミがはじめての適合者だよ」
「今の……いまのわたしの体は、何、なんですか」
「つくりものだ。それでも、普通の人と変わらないよ。腹は減るし、疲れるし、加齢もするし、筋トレをすれば筋肉だってつく。ただ、脳以外は、キミの生まれ持った体ではない。それだけだ」
それなら、まあ、生活には、困らないのか。
「どうかな」
何かひっかかるものがある。自分の顔を見つめる。そうだ。この顔は、この顔は……!しょっちゅう化粧を、していたはずだ!!
「……!この体、目覚めちゃうかもしれないわよ!?」
医者も「!!」という顔をする。おそらく医者はわたしの元の…仮の…どっちがどっちだ…?記憶が朧げだからどっちが元でどっちが仮かわからないが、つまるにわたしはオネエだったのだ!ということだけ思い出した!!
「大丈夫だ!!そうなっても私は応援する!!!」
「いいの!?」
「いい!!!生きて動いてくれるならそれいいんだ!!!」
「本当にいいの!?」
「本当だ!!!」
じっと見つめ合う。本当にいいのね?という視線を送ると、医者が覚悟をできているという顔をする。
「年齢も全然違うじゃない」
「そこは…なんとかする」
「起きてこんなにでっかくなってたらアキラも戸惑うわよ」
「上手く説明するさ」
「目覚めるかもしれないし……」
「いいんだ。生きて、動いて、笑ってさえくれれば」
医者の覚悟も相当だ。1年。1年やって、10人ほどしか実験できていないということは、実験体を探すのも大変なのだろう。アキラの年齢と同じような子、とも言ってられないのかもしれない。アキラと同じ年頃の子を探した方がいいんじゃないかしら、とは思う。もっといい体があるわよ、とも思う。でも、それはいつになるか、わからない。アキラの声を思い出す。一緒にゲームをするという約束を思い出す。ドッジボールがしたいという彼の声を思い出す。そうよねえ。1年も、脳だけの状態なんだものね。
脳に目をやる。本当にあれを私の体に移植したら『アキラ』として目覚めるのだろうか。それならば、アキラの本体というのは、脳なのだろうか?なんてことを、考える。
「いいわよ」
「本当かい!?」
「ただし、何かに目覚めても責任はとらないからね」
「いいんだ、アキラが、生きて、動いてさえくれればそれで…!感謝する!キミの体のことは、いつでも診療するからね。何か調子が悪くなったりしたら、いつでも来てくれ。一応、普通の病院も行けるけどもね」
「というか、わたしまだ自分の名前すら、思い出せないんだけど」
「ああ、それは、大丈夫だよ」
医者のその声と共に、強烈な眠気に襲われる。こんなところで寝ちゃダメだ、と思うが、抵抗虚しく、意識を手放した。
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目覚めたら、見慣れた天井だった。新宿の片隅のちいちゃなワンルーム。白い天井と視界に端に入る、所狭しと並べられた衣装。あの病院でのことは、しっかり覚えていた。
自分の手を見てみる。なにも、何も変わったことはない。わたしは夜藤えみだ。そもそも、元々、『わたし』は生まれた時の『わたし』ではない。藤原栄太郎として生まれたけれど、今のわたしは『夜藤えみ』なのだ。売却され、名前が変わった船は新しい名で呼ばれる。結局、社会で生きる以上は、他人が認識している『わたし』が『わたし』だ。 わたしは在りたいものになることができる。どうか、わたしの体を受け継いだあの子も、あの子が在りたいものに、なれますように。
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