モモと龍神様

龍神様は今までずーっと、ひとりだったらしい。 たくさんの人間の願いを、呪いを、ひとりで捌いていて、それが限界にきてしまったのが、先の嵐だったそうだ。

ひとりじゃ無理だよねえ。そう思って、龍神様のお仕事の手伝いをはじめた。 最初は一緒に巡回。巡回途中に出会った色々な不具合をなおしたり。 願いの仕分け、対応とかもちょっとずつはじめた。
呪いの消化はまだ私に関わらせるのは心配だから、と龍神様がひとりでやっていた。龍神様ひとりでやるのも私も心配なのだが、足手纏いになってもしょうがないしな、と思って食事の用意とか、呪いの消化を終わって疲れた龍神様がすぐに回復できるように、準備をするのに努めた。

龍神様はなんていうか、すごい量の役目をこなしていた。
数年経って、私ができることもだいぶ増えた。それでも、私たちは毎日めまぐるしく働いていた。龍神様は私よりもずっとずっと働いていた。私がいても、龍神様は楽になった感じは全然なかった。というか、社会の発達に合わせて、人の願いもどんどん増えている気がする。人々の幸せも増えている、そんな気はするのだけど…だんだん、捌ききれるか、どうか、になってきた。

「あ、」

間に合わなかった。 龍神は、命は食べない。祈りを食べる。祈りと捧げられたモノを食べる。なので、生贄とか、そういうのは龍神には要らないのだ。
まったくもう、池に投げ込むなんて。野蛮すぎる。どこから来た風習なのか。心優しいひとりに祈りの役を任せるより、皆で祈った方が良いとか、思わないのだろうか。まったく。まあ、気づいたとて、私たちはヒトには直接干渉できない。わりとどうしようもないのだが、こんな野蛮なことは、はやくやめてほしい、と思う。

龍神様を呼びに行く。

「そんな風習が流行っている、という話は、聞いていたがなあ」

干ばつになっているのは、龍神への祈りが足りないからじゃないのだ。龍神にもどうしようもないくらい、今年は雨の気配がこのへんにないのだ。さすがに0から雨を降らせられるほど、龍神は全能じゃない。

「ううむ…なあ、モモ」

龍神様は地上を見る水鏡を見ながら、私の名を呼ぶ。 龍の子になった時、桃色の髪になったので、モモ。安直な名前だ。

「そろそろ、もうひとり増やしても…いいだろうか…」

龍神様は、時々、いや、基本的に、超がつくほど真面目だ。 真面目というか、龍神様自身が『つよくてかっこいいかみさま』という理想で作られているので、龍神様もそれを体現しようとしてしまう。そういう性質と言っていいだろう。逆に私は元人間なので、そのへんの感覚は龍神様よりは人間的だ。何年も龍の子をやっているので、人間らしくなくなったところもあると思うが、まあ、神として生まれた龍神様に比べたら、一般的な人間の感覚に近いだろう。そして、龍神様の大変なところが『つよくてかっこいいかみさま』を体現しようとするわりに、この人はちょっと色々能力があるだけのヒトなのだ。ヒトの想いからできているので、ヒトの想像力の限界が、龍神様の限界なのだ。

「むしろ、増やしてほしいです。なれるひとなら、積極的に成ってもらってもいいんじゃないですか」

龍の子は、誰でも成れるものではない。私にはまだわからないが、龍神様には成れるか成れないか、わかるらしい。そして龍の子に成れる魂は、数年に1度現れるかどうか、という感じだ。今まではモモの教育中だから…と龍神様もいくつかの魂を見送っていたが、私にできることもだいぶ増えたし、弟妹の指導もできる頃だろう。数年に1度、弟妹が増えるくらいなら、問題はない。むしろ、正直、年々仕事が増えている気がするので、増えて欲しい。私まで倒れるわけにはいかないのだ。

「そうか…うむ…」

悩んでる気配を察知。

「龍神様。多くの神使を従え、広く人々を見守るのも、神のお役目ですよ」

龍神様は目を丸くして、ふむ、と頷いた。

「確かに、龍の子が増えれば、神として為せることも増えるか。そうだな。迎えに行ってくる」

よし。龍神様の体現する理想はかなりあいまいな、人間の集合意識としての『なんかつよくてかっこいいかいさま』なので、人間視点で『具体的にはこういうのがかっこいいと思う!』と言うと、説得しやすい。神様も『神様像』には悩むんだなあ、とか思いながら、新人を迎えに行く龍神様を見送る。

新人はどんな子かな、どんな挨拶をしようか、何から案内しようか、そんなことに思考を巡らせながら、龍神様が新人を迎えるのを地上を見る水鏡から眺めていた。

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