一次創作をはじめたきっかけと、今

2026/8/18

FFさんが『オタクがオタクになった理由語りとか聞きたい』『その人がその人である理由語りとか聞きたい』と話をしていたので、今の創作に至るまでに影響を受けた何らかとかそういう話をしていこうと思う。

小学生の時には絵をかいていた記憶がある。でも、この頃は別に創作として書いていたわけではないように思う。セーラームーンとか電脳少女Minkとかカードキャプターさくらとか東京ミュウミュウとかぴちぴちピッチとかかわいい服を浴びに浴びて生きたのでかわいい服が好きなのはこの頃からの影響だと思う。この頃の少女戦隊モノってだいたいひとりはボーイッシュな男の子がいて、私は別にそういう子が好きだったわけではないのだが、そういう子がいるというのはこの頃から根付いた意識なのかもしれない。

創作を創作として本格的にはじめたのは、色んなきっかけが入り混じってると思う。時系列もあやふやなので、ここからはなんかそういう出来事があったんだなあくらいで聞いて欲しい。

きっかけその2は戦国BASARA、戦国無双、真・三國無双などの歴史系作品に中高生の時に出会ったこと。中高生というのがめちゃ大事で、歴史の授業において、『歴史上の人物をキャラクター化すると覚えやすい!』というのが、オリジナルキャラクターをつくる第一歩だったと思う。ノートはキャラ化されたエドワード何世とかルイ何世とかだらけだった。今はもう何も覚えていないが。

真・三国無双で私がめっちゃハマってたのが司馬懿である。めちゃ好きでひたすら夢小説を書いていた。諸葛亮と同時代の軍師として描かれ、諸葛亮よりも長生きをして次の国の祖となる割には諸葛亮よりもものすごい知名度の低い司馬懿なのだが、真・三國無双の中では『頭は良いが諸葛亮に比べると絶望的に人望がない』感じのキャラクターとして描かれている。 後に晋となるが、司馬懿は元々『魏』という国のキャラクターとして登場する。三国志では魏・呉・蜀の三國があり、魏は『覇道(圧倒的カリスマと威圧で人を動かす)』タイプの国として描かれるのだが、司馬懿は『頭は良いのだがカリスマが足りない』的な感じで描かれている。かわいいね。三国時代は『断片的なエピソードしか残っていない』時代なので、創作の余地まみれている。間の出来事を描く夢小説が、はかどるね!!

司馬懿の話ついでに語らせてほしいのだが、司馬懿マジで頭は良いのだが、漢詩の才がなかったとされる。もうずっと昔の人物で著作権も何もないので普通にインターネットで司馬懿の漢詩を見ることができるのだが、他の同時代の人物と比べると国語の授業でしか漢文をやったことないレベルの人間でも『たしかに これは ちょっと うまくないきがする!』という出来である。本人も自覚があったのか同時代の同じくらい生きた人間に比べるとあまり詩を残していない。天才軍師の人間らしくて非常にかわいいエピソードである。作中でも何かと報われなくて不憫なのだ、この男。普段の行いのせい。かわいいね。

そしてもうひとつがポップンミュージックである。ポップンミュージックは『創作の余地』の宝庫である。今はだいぶ変わったようなのでどうなってるのかわからないのだが、当時はポップン18せんごく列伝あたりで、キャラ名と多少の台詞とフレーバーテキストのみ、という感じだった。余白だらけである。ポップン二次創作界隈も、人の数だけ特定キャラがいるのは当たり前という感じだった。2Pキャラはただの色違いなのだが、ただの色違いなのになぜか性別が変わっているというのも当たり前だった。

そんな感じで夢小説とポップンの二次創作に勤しんでいたのだが、創作する中で夢主に思い入れができたり、原作にはない異能をつけてみたくなったり、ポップンの元のキャラとは気づいたらすごい乖離してたりで、これはもはや二次創作とは言えないのでは?となって一次創作にすることにした。この名残りで、今もポップンの二次創作の名残りのキャラや、元夢主が創作の中にいる。

一次創作をはじめた頃は鋼の錬金術師とか読んでたので舞台は戦場で、ロイにドハマりしてたので主人公も炎をばーんとぶちかますタイプだった。さすがに厨二過ぎるのではと思って今は炎をばーんとぶちかましはしないが、時々炎をばーんとぶちかましたくなる。その後、ソウルイーターにハマってたので武器化する時期もあった。武器化妄想は多分今やっても楽しいと思う。いいよね。今は戦闘はしないのだけどね。

で、大学生時代は結構無難に絵をかいて過ごしていた。いや、この頃から女装させていたので無難とは言えないかもしれない。ポップンのユーリとかスパイラルのアイズとか基本的に銀髪でダウナー気味な男が好きなのだが銀髪でダウナー気味の男はヒラヒラが似合うのだ。何なら公式でも着ていたような気がするが、それは幻かもしれない。この頃は純粋にヘキとして女装させていた。ちなみに今は趣味がややこしくなったのでそのころほどやたらめった女装させることはない。基本的に本人の選択による信念として女装をさせている。

時は流れ、社会人になって一時期、創作を離れた。2023年だかそのくらいにものすごい不調になる。その時に『自分が好きだと思えることをちゃんとやって生きてこう』と思って、創作活動を再開した。同時期Twitterが死んでFediverseに不時着してそのまま定住しているのだが、偶然にも一次創作はいいぞと言ってくれる相互さんに出会えたのでこうして一次創作を探り探りやっている。

現在の創作のスタンスだが、今は思想で創作をやっている。なので難航しているというのがあるので、もうすこしゆるくやりたい気持ちはあるのだが……。何も書かないでいても何になるわけでもないなあという気持ちはあるので、難航している状況は上手く打破したいなと思ってる。まあ、どうせ世界の片隅だし、という気持ちと、思想を披露とするということはNOを突き付けられても仕方ないことであるという、心持ちをすればいいだけなのだろうな、という気もする。この物語が誰かの勇気になればいいと思っているが、結論、私はただ私のために、物語を書きたくて書くべきなのだろうと思う。

おわりノシ